☆      美術芸術の果たす役割_

 NHKのEテレの中では一番に手間暇かけているのではないかと思わせるほど「日曜美術館」が充実しているのだけど、6日の「“楽園”を求めて~モネとマティス 知られざる横顔~」もいつもに増して見応えのあるものでした。

 何かと大変なことのある現在の我々にさえ、厭世的過ぎで現実逃避願望とも受け取れるほどな「生きるとは病院に入っているようなものだ」や「どこへでもいい ここではないどこか」との、詩人で美術評論家のボードレールの言葉とともに、戦争や疫病で人心が疲弊していた時代を背景に二人の画家の果たした役割が紹介されます。

 モネの「仕事に疲れた神経は 静かな水の広がりにしたがって解き放たれる この部屋を訪れる人々に 花咲く水槽に囲まれて穏やかにめい想する安らぎの場を提供できるだろう」に、あれほど睡蓮を描くことにこだわったわけが理解でき、マティスの「私が夢見るのは心配や気がかりの種のない 実業家にとっての精神安定剤 肉体の疲れを癒すよい肘掛け椅子のような芸術だ」に鑑賞のヒントを与えてもらえる。

 昔マティスの絵に、こんな子供の落書きみたいな絵のどこに価値があるのだろうと思っていたこともあるくらいなんだけど、画室に、気に入るまで何度も描き直したであろうと思わせる絵の具を拭き取った布切れが大量にあったという話を何かで読んで、下手そうに見えるのは必然からなんで、きちんと描かないことによって全体の色彩の配置構築が観るものに気持ちよく伝わってくるのだと納得したのを思い出したのであります。 こんなことは絵画教室では教えてくれないもんな・・・。